Notes (藤井快哉・ピアニスト)

大阪音楽大学でピアノを教えながら、演奏活動をしています。

なぜ伴奏をしない?

本当は「伴奏」という言葉がキライですが、ココでは敢えて使います。


大学で副科ピアノを教えるようになってから、もう何度となく「先生、伴奏者が見つかりません。どなたか紹介してください。」と学生に頼まれました。
しかし、僕は現在のところ少なくとも大阪音大では副科ピアノしか教えてないので、この場合は完全にアウト。
紹介できる学生はいません。ごめんなさい、です。
そりゃあ、出来ることなら僕が共演したいような作品を勉強している学生もいますが。
学務センター?に行って、伴奏登録(らしき制度があると聞きました)している学生に頼みますか。
しかし、自分で共演者を探すことも後に活動していくための勉強のひとつですから、あまり先生に頼ったり安易な方法をとらないほうが良いです。
がんばれ、学生諸君。


さて、疑問なのはピアノ専攻の学生。
なぜ他専攻の学生と、演奏を通して交流しようとしない?
卒業したら、全員が大ホールで演奏を続けられるコンサート・ソリストになれるのですか?
他専攻の学生から無理難題を注文され、他専攻の先生からおよそピアニスティックとは思えない奏法を要求され、果ては自分のソロを練習する時間が削られるのが怖いのですか?
普段はピアノの先生から「そんな弾き方しちゃだめです!」などと言われる奏法を試すことが、許されるチャンスなのに。(そしてそれは、本当は間違っていないかも知れないのに!)
アンサンブルをし、心置きなく意見を交換し、幅広いレパートリーを蓄えることが出来るのは、学生の特権です。
時間の上手な活用法を習得するのも、学生時代しかありません。
第一に遠方から通学していた要領の悪い僕でさえ、ソロの練習をして伴奏の練習をしても遊ぶ時間はしっかり残っていました。
ソロだけを勉強して卒業し、他楽器の奏法や様々な発音・発声を全く知らないまま、もし「ゲネ→本番で!」などという共演の依頼が来たらどうするのでしょうか?
CDを聴いてシミュレーションする?限界は目に見えています。
じゃぁ、その仕事を断る?もう二度と仕事は来ないかもしれない。
ついでにもしも、共演者がとても魅力ある音楽家だったら?あ゛ー、もったいない。


たとえ共演にピアノを想定していない作品(オペラアリアや協奏曲等)の伴奏を頼まれても(これこそ伴奏の王道?)、簡単に断るものじゃないと思います。
「オーケストラの音は管・弦・打がどのようなバランスで鳴っているのか?」「ソリストが何をテーマに歌っていて、自分はどのような感情をどの楽器の音を真似て表現しているのか?」、こんなことを鍵盤上で試す体験は伴奏でなければ無理です。
しかも練習段階からすぐ傍らで、実際オーケストラで使われている楽器の音質や迫力を身をもって知ることができるのです。
それが気の合う仲間の奏でる音楽だったら、こんなに楽しいことはない。
ピアノの先生に次のように注意されたことはありませんか?
「ココは、弦楽器奏者のように指・手首・腕をしなやかに。」
「ココは打楽器みたいに鋭いタッチで!」
「ココは管楽器のようにたっぷり呼吸して〜。」
「ココは歌手のようにやさしく歌って♪」
もしうまくいかなくても、何が得意で何が苦手か?今の自分に足りているものは?足りないものは?それらを知るだけでも経験として損はしないはずです。
うまくいけば、下手なソリストよりもずっと重宝されます。
依頼のされ方も「伴奏できる?」から「共演してください♪」に変わります。
「練習も本番も一人きり」の寂しさからも、開放されます。
共演者としての連帯感や責任感も身につきます。


もし伴奏を頼まれて引き受けようかどうか悩んでいる学生が一人でも読んでいてくれたら、是非トライしてください。
人間関係、音楽の価値観、ソロ演奏に役立つ奏法、その他にも多くを学べるはずです。

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